ノルマントン号事件からはじまる条約改正
陸奥宗光と小村寿太郎による不平等条約の改正はよく知られているが、ノルマントン号事件はご存知でしょうか?
明治19年(1886年)にイギリス国籍の貨物船 ノルマントン号事件が沈没しました。
その際に、乗船していた白人はボートで助かりましたが、乗客の日本人は25名全員が亡くなりました。
事件後、ノルマントン号の船長が裁判にかけられましたが、当時は治外法権のため船長を日本で裁判にかけることができず、イギリスの裁判では一旦無罪になりました。
しかし生存者を考えると船長の対応がおかしかったのではないか(白人だけを助けたのではないか)という疑問がわいてきます。
世論の高まりにより、再度イギリスで裁判が行われるも結局は禁錮3ヶ月。
この判決から不平等条約改正の気運が高まり、明治27年にイギリス、明治32年にアメリカの日本に対する治外法権がなくなりました。
100年以上前の出来事ですが、理不尽を許さないためには国民のエネルギーが必要であると感じました。
ノルマントン号とは関係ありませんが、治外法権撤廃に尽力した陸奥宗光の奥さんは非常に美人で『鹿鳴館の華』といわれていたそうです。
写真が残っていますが確かに美人。
仕事のできる男(カミソリ大臣)の傍らには美人が。。。くやしいけど納得です。
ノルマントン号事件(ウィキペディア)
陸奥亮子(ウィキペディア)
鹿鳴館の妻たち本です
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